『社会疫学』第11章 心理社会的な介入

研修医同士で行なっている学習会でのレジメを掲載。学習会での疑問点やコメントなどは#をつけて書いてあります。前回学習会での「SDHへの有効な介入ってどんなのがあるの?」という疑問うけて読んできた部分です。

ここ十年の研究を要約すれば、「私たちは、経済的・社会的文脈を無視して個人に行動を変えることを要求することはとても難しい、ということを繰り返し学んだ」と言える。

心理社会的介入とは

健康に関係する心理的な要因や社会的な要因に系統的に働きかけて一次予防や二次予防、疾病経過を変化させる介入のこと。本章では、行動変容のみを対象とした研究、健康への知識・態度変化のみに関する研究、健康との関連がはっきりしない研究(瞑想やリラクゼーション)、心理療法に関する研究も扱わない。身体的なアウトカムのあるものが主。

心理社会的介入のデザイン

1. 介入の種類

行動変容/ソーシャルサポート/疾病マネジメント/心理的苦痛の軽減

コントロール・効力感の強化/集合的効力(=地域介入)/職場での介入

「コントロール・効力感の強化」の研究例

The effects of choice and enhanced personal responsibility for the aged: a field experiment in an institutional setting. - PubMed - NCBI

高齢者介護施設の入居者が「選択」を行え、自分たちの生活に「コントロール」や「役割責任」を感じられるようにした前後比較研究。介入群には観葉植物を与えて世話させる。介入群はより活発で、良い気分で、健康状態の悪化が緩やかになった。 

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

死すべき定め――死にゆく人に何ができるか

 

この本の第5章「よりよい生活」に詳しい話が書いてある。おすすめ。

「集合的効力」の研究例

Effect of Greening Vacant Land on Mental Health of Community-Dwelling Adults: A Cluster Randomized Trial. - PubMed - NCBI

街の荒地をきれいにするクラスターRCT。住民の抑うつや体調の悪さが改善して、犯罪率や犯罪不安が低下した。

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2. 介入のタイミング*1

病因期間に関するモデルによって力点が変わってくる。

臨界期・感受期モデル:臨界期を特定して、その時期に介入せよ

リスク蓄積モデル:慢性的な曝露を特定して、なるべく早く介入せよ

社会的軌跡モデル:早期曝露による脆弱性の差に応じて介入せよ

心理社会的介入は難しい

「なぜ行動への介入は失敗すると思う?」と開口一番誰構わず聞きまくる疫学者の名前をとって同疑問を「Lens問題」とネーミングしている。

  1. 上流の影響を変えるためには、上流に位置する組織や社会に介入しなければならない。コストがかかる。実行することも評価することも難しい。
  2. そもそも人の行動を変えることは困難であるうえに、行動が変わっても期待した健康効果につながらないことがある。
  3. 有名な期待外れだった研究

Multiple Risk Factor Intervention Trial (MRFIT)

目的:心理教育で冠動脈疾患の一次予防は可能か?

対象:ハイリスク中年男性(n=12000, 22地域)

介入とデザイン:高血圧に対する段階的介入、喫煙カウンセリング、食事指導。RCT。

結果:リスク要因の変化わずかで維持されず。死亡率に有意差なし。

Enhancing Recovery in Coronary Heart Disease (ENRICHD)

目的:心筋梗塞発症後の患者において、抑うつに対する介入やソーシャルサポートの向上で、健康アウトカムは改善するか?

対象:うつ病orソーシャルサポートの乏しい心筋梗塞発症後の患者(n=2500)

介入とデザイン:CBT+グループセラピー。RCT。ITTで解析。

結果:3-4年後のフォローアップで、うつ病や乏しいソーシャルサポートは改善していたが、primary outcomeの再梗塞率、全死亡率に有意差なし。

失敗した心理社会的介入から得られた教訓
  1. 介入の理論的基礎を明らかにせよ。変数、介入方法、デザインは理論に基づけば自ずと決まる。
  2. 健康指標と関連する特定の心理社会的メカニズムをターゲットにせよ。観察研究で行動とアウトカムに関連が示されていない事象について、介入研究は時期尚早。→タイプA行動への介入は成功した。
  3. 妥当な健康・機能アウトカムを選択せよ。*2◎死亡、疾病罹患率 ▲コーピング、適応、ウェルビーング。
  4. ライフコースを考慮せよ。正しい介入でもタイミングを間違えれば効果がでないことがある(タイプⅡエラー)。
  5. 困難でもRCTを行え。サンプルサイズを十分にとれ。*3*4

*1:それぞれどんな例がある? ーー最近の例だと……虐待の種類による脳萎縮の臨界期が特定されていた。リスク蓄積はタバコとかだろう。社会軌跡モデルは胎児期プログラミングのDOHaDとか。

*2:#なんで? 主観的健康、QOL、QALYの変化ってむしろ何より大事では。政策評価にEQ5Dとか使われてるよね。ーー本には「政策上のインパクトが薄いから」と書いてあるけど……。Mittelman 2008参照らしい。

*3:ただし、こういう研究には社会的に不利な人が参加しにくいという外的妥当性の問題はある。最近は代替案として自然実験も注目されている。

*4:#えらい。サンプルサイズの計算の仕方しってる? 効果量小さいとサンプルサイズすげー大きくなるし、えてして社会疫学的介入の効果量は小さい……。