4章補足:逆境的小児期体験の潜伏効果について

文責:東

 4章では逆境的小児期体験の神経発達への影響についてAdverse Childhood Experience studyが取り上げられていますが、この研究は、『健康格差』のテーマ: 「健康には社会的勾配があること」「ほとんど誰もが健康の不平等にさらされていること」を鮮やかに示しているため、改めてトピックとして取り上げたいと思います。

 

だいたい以下の動画の内容をまとめただけです。読むより見て聞いてしたい方はどうぞ。15分程度です。タイトルは「どうして・どれほど、子どもの頃のトラウマはその後人生の健康状態に影響を与えるか」。

www.ted.com

 アメリカの最貧困に挑む小児科医がACE Studyを知り「原因の原因」ーー公衆衛生の問題としての虐待問題ーーに目覚めた話ですね。語りが熱い。

 

◼︎ACE studyとは

1995年米保険会社の登録者で総合健康診断を受けた人にアンケート調査。17000人の回答を得た。回答者の内訳は:比較的教育水準が高い中産階級。75%が大卒だった。

18歳までに以下の10項目をいくつ経験していたか?と聞いた。 

 

虐待:言葉による虐待 身体的虐待 性的虐待

ネグレクト:身体的ネグレクト 感情的ネグレクト

劣悪な養育環境:DVの目撃 家族の物質依存症 両親の離婚または別居 家族の精神疾患または自殺企図 家族の投獄

 

結果1: ACEはありふれてる。6割がACEsの少なくとも一つを経験している。

0ACE 40.6% 1ACE 22.4% 2ACE 13.1% 3ACE 8.8%  4ACE 6.5% 5ACE以上8.7%だった。中流の方向にセレクションバイアスがかかった母集団でこのような結果であるから米一般人口ならもっとコモンだろう。

5ACE以上の回答は:女性>男性、高卒未満>高卒>高卒以上、というような傾向があった。

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結果2: 高ACEは様々な身体・精神疾患のリスクファクターとなる

ACE4点以上の人はACE0点の人と比べ

COPD 2.5倍 虚血性心疾患2倍 肝臓病2倍

うつ病4.5倍 アルコール依存症7倍 自殺企図12倍 

ACE6点以上の人はACE 0点の人と比べ

虚血性心疾患3.5倍 肺癌3倍 自殺企図30倍

 ……など。これはごく一部です。

しかも、自滅的な生活習慣をしていなくても、ACE7以上の人は虚血性心疾患のリスクが4倍になります。(下記の「潜伏効果」のためだろう。)

つまり、ここには、ACEスコアを「社会的勾配」とした健康格差が認められます。

 

#虐待の分類は身体・精神・性的・ネグレクトが有名ですが、最近、下位分類として「教育虐待」という類型が提唱されるようになりました。勉強や習い事を強要し、うまく出来なければ叱責や体罰で応じるというアレです。典型的なケースはこういうの。愛知県は管理主義教育の名残りか、かつて戸塚ヨットスクールやアイ・メンタルスクールの死亡事件があったり(戸塚は出所後思想を変えずに再開)、親から体罰OKと許可をもらい指導として体罰を行う学習塾などがあったりして、「愛の鞭」文化が現役で存在しますので、特に注意を促しておきます。親の善意は関係なく、殴打や声が大きいだけの叱責は子供の心理神経発達に悪影響を及ぼします。罰による教育はその場で一時的には効果があり、加えて「平均への回帰」現象から中期的にも効果があるように見えます。だからこそハマりやすい。「自分、危ないな」と思ったらSOSを出せる相手をあらかじめリストアップするなどして気をつけましょう。

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#但し、この結果は想起バイアスがかかっていることはほぼ確実です。つまり、成人後のアンケートであり、その時に抑うつ状態であれば子供の頃の負の出来事を想起しやすくなったりしますよね。虐待経験に関しては他に擬似記憶にも注意する必要があります。ただ、マーモットも書くように、循環器系疾患のリスクが上がるからには、数字は低くなりますが、やはり逆境は体と心に悪いとは言えるんちゃうかと思います。より統制された実験が必要です(すでにあるかも)。

 

◼︎どうやってACEsは長期的な影響を及ぼすか?

慢性的なストレス反応による神経学的な変化によって。

ACEsによる小児期の慢性的なストレスにより、成人期において、HPA系(視床下部ー下垂体ー副腎皮質)の過活動、前頭前野や前帯状回の容積減少、海馬の容積減少、線条体の活動的低下などが起こる

また、特に虐待については、その種類によって神経学的な変化が特に大きくなる領域が発見されている。例えば、言葉による暴力を受けた場合聴覚野の一部が15%程度体積減少する、性的虐待を受けると視覚野のうち顔認知に関わる紡錘状回が18%体積減少する、など。

さらに、各脳領域の感受性期はだいたい知られており:特に性的虐待によって、海馬は3-5歳、脳梁は9-10歳、前頭前野は14-16歳の時にそれぞれ大きな影響を受ける。

( 友田明美被虐待児の脳科学研究」、『子どもの脳を傷つける親たち』より)

 

◼︎日本では同様の研究があるか?

劣悪な育ちは健康に良いか悪いかでいったらそら悪いと誰でも考えるでしょうが、経験的に知られていることを数字でどれくらい悪いかを示したのが本研究のポイントです。予想より残酷な結果だったのではないでしょうか。

文化社会背景が違うため日本版のデータもほしいところです。円グラフを書くとどのようになるだろう。

また、特に、親の収監は日本の状況にはあまりそぐわなさそうなので質問項目の改変が必要かもしれません。でも筆者が探した限りでは大規模研究は見当たらないですね(見つけたら教えてください)。質問紙の翻訳、日本版評価尺度作りが行われている段階なのかな?