『経済政策で人は死ぬか?』第2章

第2章ではソ連崩壊後の市場経済への移行による健康への影響をみていく。

元になった論文は、こちら

 

ソ連崩壊後の死亡危機

ソ連崩壊後、男性の平均寿命は1991年の64歳から1994年の58歳へと縮んだ。

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ロシアの死亡動態再考(雲和広)より

 

このような結果は決して必然ではなく、回避できるはずのものだった。共産主義体制崩壊後に死亡危機()が発生したのは、資本主義への移行そのものではなく、移行の具体的な方法に原因があった。

 

ロシアの死亡危機の特徴は、生産年齢の男性に集中して死亡率が上昇していたこと。

特に25歳から39歳までの男性では、ソ連崩壊前後で90%の死亡率上昇となっていた。

上昇していた死因は急性アルコール中毒、外因死、急性心不全だった*1

 

ロシアで何が起こっていたのか?

経済:GDPは三分の一以上縮小。1994年には人口の4分の1が1日2ドル以下での生活を強いられていた。IMF世界銀行主導の急激な市場主義化=価格の自由化と民営化が行われた。ジェフリー・サックスはこの指導を「ショック療法」と称した。セーフティネットが崩壊。

「ショック療法」には共産主義時代の国の統治構造を壊すという狙いがあったが、内部関係者が裏取引で、国有企業を引き継ぎ、事業に投資することなくもなく、ただ資産を剥奪し、スイスの銀行口座の残高を増やしただけ…ショック療法を選択した国では、一人当たりGDPの増加が16%落ち込んだ。

アルコール政策の変化:1985年ゴルバチョフアルコール依存症撲滅キャンペーンが行われた。前表での平均寿命の伸長はおそらくこの政策で説明できる。しかし、国民には不評であり、1987年に打切り。再度平均寿命は低下した。1991年以降の死亡についても、アルコール関連死の増加で40%の死亡率上昇が説明できる。

 

失業率の増加:失業者は就業者と比べ6倍の死亡リスクがあった。失業すると社会保障から一切切り離された。

 

この死亡危機は避けられないものだったのか?

回避しえた。

というのも、同じ同盟国の中でも、ゆっくりとした市場化を進めた、ポーランドベラルーシスロベニアチェコでは死亡率の上昇がみられなかった。

一方で、ロシアと同様に急進的な市場化を行った、カザフスタンラトビアエストニアでは、ロシアと同様の死亡率上昇傾向がみられた。具体的には、ロシアやカザフスタンソ連崩壊前後で18%の死亡率上昇した。 

癌などの短期的な変化で変わらない疾病についてはこのような死亡率の変化はなく、自殺、心臓疾患、アルコール関連死が鋭敏に反応していた。数字でいうと、10万人あたりそれぞれ5人、21人、41人の死亡数増加となった。

この死亡率上昇は、経済規模の違い、各国の経済動向、過去の経済危機、民族紛争や軍事衝突、都市化の度合い、外国からの直接投資などなど様々な要因を調整しても一貫した傾向だった。

つまり、それぞれの群における違いは、市場化を漸進的に行ったか、急進的に行ったか、という点だけだった*2

 

ロシアは現在も経済の停滞が続いており、生産年齢男性の死亡率は高く、結核や多剤耐性菌の感染率上昇などもみられる。ショック療法の失敗は明らかだ。

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*1:東:アルコールとうつ病、自殺の関係については本ブログでも以前に取り上げた。沖縄のアルコール問題 - 健康格差読書会

*2:別の地域・時期になるが、中国も斬新的な市場主義の導入で経済成長、平均寿命が伸長。