『経済政策で人は死ぬか?』まえがき・序

担当:東

5月6月は

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策

 

 を読んでいきます。三部構成ですので、三回シリーズで読みます。

<目次>

第一部 過去の「自然実験」に学ぶ

第二部 サブプライム問題による世界不況に学ぶ

第三部 不況への抵抗力となる制度

 

本書の主張

非常にシンプル。

① 不況時の緊縮政策は短期的に健康被害を生むし、長期的には目的に反して経済停滞を長引かせる。

② 一方で、不況時のセーフティネットへの予算配分(反緊縮政策)は、短期的に人々の健康状態を維持し、経済を刺激するだけではなく、長期的にも債務削減になり、景気回復が早まる。

③ よって、命を守るためにも経済を守るためにも、不況時にセーフティネット予算は削るべきではない。

一般的に、不況は健康に悪いと考えられている。不況によってうつ病、自殺、アルコール依存症感染症など、数多くの健康問題が生じると思われている。だが、これは正しくない。…研究を重ねた結果わかってきたのは、健康にとって本当に危険なのは不況それ自体ではなく、無謀な緊縮政策だということである。 

 

この本の特色は、経済理論から演繹的に「こうだ!」と決めつける本ではないところ。以上の主張を古今東西の様々な「自然実験」を通じて証明していく*1

 

用語と前知識の整理

財政緊縮策とは:

政府債務や財政赤字に対して、健康保険、失業者支援、住宅補助等の政府支出の削減で応じる経済政策のこと。IMF推奨。対義語は財政刺激策。

サブプライムローン問題に始まる世界金融危機に際して、イギリス、ギリシャ、スペイン、イタリアは緊縮策、スウェーデンアイスランドデンマークオバマ政権のアメリカは財政刺激策を採用した。また、歴史を振り返ると、リンカーンニューディール政策で財政刺激策を講じ、ソ連崩壊後のロシアは急速な市場主義化という緊縮策を講じた。

 

自然実験とは:

データ分析の方法論の一つ。疫学で対応するのは「後ろ向き要因対照研究」?

本書では、時間的空間的に条件が揃えられている二つの地域で、片方は緊縮策、もう片方は反緊縮策をとった例を探してきて、それぞれの政策がどれだけ健康指標へ影響したか比較することを指す。単に一つのケースを取り上げて「歴史的な教訓」を引き出すより、エビデンスレベルが高い。RCTには当然劣るが、歴史的イベントからなるべく多くを学ぶ方法としては「次善の策」といえるだろう。

   

今回は、第一部(1-3章)をまとめる。

 

第一部見取り図

 曝露

曝露群

対照群

結果1:

健康への影響

結果2:

経済への影響

第1章

ニューディール政策(経済刺激策)

ニューディール政策支持の州

ニューディール政策不支持の州

支持群の方が、自殺率・新生児死亡率が軽度

(全体平均でアメリカ人の収入10%アップ、他国より早めの景気回復)

第2章

ソ連崩壊後の急速な市場経済への移行

急進的に移行

 

ロシア

カザフスタン

ラトビア

エストニア

漸進的に移行

 

ポーランド

ベラルーシ

スロベニア

チェコ

急進的に移行した群の方が、

自殺率

心臓疾患率

アルコール関連死亡率

が高かった。

急進的に移行した群の方が、GDPが伸び悩んでいる。

第3章

アジア通貨危機後の緊縮策

タイ

インドネシア

(韓国)

マレーシア

緊縮策を受け入れた群の方が

感染症死亡率

乳児死亡率

が高くなった。

緊縮策を受け入れた群の方が、景気回復が遅かった。

 

 

*1:松谷:金を出すことは経済のためにもいいはずだ、という主張はしてきたが、エビデンスはちゃんと踏まえてはなかった。エビデンスを知れてよかった。

東:「セーフティネットを守ることが経済を守ることになる」というのは「風が吹けば桶屋が儲かる」的な意外性がある。解析して数字を出す意義がある部分だろう。