健康格差 第10章

担当:東

タイトルは「この世界で公正に生きる」。グローバル経済がどのように人々の健康に影響するかについてです。最終章前にふさわしい大きい話ですね。知っておく必要はあるだろうけど、大きすぎて個人でどうこうできることじゃないんじゃないかなあ、と参加者で頭をひねっていました。私たち一人ひとりがグローバルにできることだと……、例えば、ピーター・シンガーが『あなたが救える命』で主張している「最貧困国の人のために収入の5%を寄付」とかするといいかもしれませんね。

 

◼︎金融危機後が健康に及ぼした影響

・危機対応、アイスランドギリシャの明暗

アイスランド:人口30万人、首都に1/3が集中。治安は日本並みに良い。健康状態も著しく良好。社会的結束が強い。金融危機で多額の債務を負った。IMFは緊縮財政と引き換えに援助を提供すると提案したが、アイスランド国民投票で拒否。社会的セーフティネット、医療への支出は維持された。マクドナルドは材料の輸入コストが上昇したため国から撤退。通貨が為替市場で安くなったため、輸出++、観光業++。経済回復基調。

ギリシャIMF、EUの緊縮の提案をうけいれた結果、GDPが下降を続けた。失業率がもっとも高かったのは2013年の28%。この頃から反緊縮デモが吹き荒れ、2015年の国民投票で反緊縮が61%(緊縮賛成39%)となった。緊縮を求めるEUは妥協。現首相はEUと睨み合いしつつ、公共支出を増やそうとしている。

 

・マーモットの立場:緊縮は健康に損害を与える。少なくとも短期的には失業の増加で自殺率が増加する。そういった政策が許されるのか甚だ疑問。

[ワシントン・コンセンサスに基づく新自由主義の]プログラムは、公衆衛生にとって壊滅的な影響を与える。…構造調整プログラムは、雇用、収入、物価、公共支出、財政、クレジットへのアクセスに対する効果を通してサハラ以南アフリカの貧しい人々の健康を損なった。それらは次々と、食料の保障、栄養、生活および労働環境、保険サービスへのアクセス、教育へと影響を与え、健康を蝕む結果となった。

Political origins of health inequities.Lancet. 2014

 

2015年、国際労働機関ILOは社会的保護システムを守り・強化すべしという声明を出し、国際的な資源を利用して低所得の国においても社会的保護の「土台」が確立できるように支援することを表明した。現在世界で何らかの社会的保護下にあるのは全人口の25%程度。

 

このように……

ある国がどのように経済発展・人間開発するかはグローバルな影響を受ける。

一国、一国の国民が独立して決めているわけではない。

  • IMF欧州中央銀行のような機関は支援を受けようと思ったら何をしなければならないかを国々に命令する。
  • それぞれの国の経済に起こることはグローバル経済の影響を強く受ける。金融危機が良い例。
  • 一つの国が貿易と援助に関して行うことは、自国と他国の発展にとって強い原動力となる。

以下、グローバル経済の諸側面:国際貿易、 国際援助、企業活動からサンプルを取り、グローバル経済の動態が健康に与える影響を見ていく。

 

■国際貿易

・インドの綿花農家:農民は自殺率が高い。インド人平均の3倍。

もちろん貧しさのせいだが、なぜ貧しいのか。

① 綿花の世界価格は、アメリカが自国の綿花農家への補助金を出すことによって抑えられている。もし補助金をやめれば綿花の世界価格は6-14%上昇する。

② 「遺伝子組み換え綿花作物」詐欺にあっている。欧米の企業が「防虫能力があり農薬いらずで一つあたりの収量が多い種」を売りにくる。しかし、その種は特定の虫だけに防虫能力を発揮し、他の虫には食われてしまうため結局農薬が必要になる。また、種は遺伝子改変されており、一代限りしか育たず、毎年高額で買い直さねばならなくなる。(どうでもいいですが、『紙の動物園』というSF短編集にこの詐欺を題材にした一編がありました。)

 

バングラデシュの縫製労働者:劣悪な労働条件と低賃金

性労働者が90%で劣悪な環境におかれているが……

他にマシな選択肢はないし、貧しい農村から離れて自分で稼げるようになり、子供に教育を与えられるようになったという良い面もある(=経済的・心理社会的にエンパワされている)。今後は労働組合の組織化が行われて労働環境は改善するだろう。

とはいえ、そうなると、多国籍企業はよそに事業を移すかもしれない。

 

■債務および国際援助

ザンビアとアルゼンチンの債務返済

→2005年IMF 債務救済が行われた。

 一方の「ハゲタカ・ファンド」は債権回収のため訴訟を起こした。

 

援助は機能するか?

ある人に魚を一匹与えれば、その人は一日食える。

魚の釣り方を教えれば、その人は一生を通して食える。

       老子(と言われたりアフリカの諺と言われたりしているが、出処不明)

という喩えを使って、開発援助学の立場を分けると、「魚を与えよ」派(『貧困の終焉』のサックス)と「釣り方を教えよ」派(『傲慢な援助』のイースターリーや『大脱出』のディートン)が延々と意見を戦わせている。しかし、現実を見てみるとどちらが効果的かはケースバイケースという他ない。

 

#「魚」がなければその日に釣りを覚える余裕がないかもしれないし、飢えて死ぬかもしれない。まあ、喩えで話すには限界がありますね。

 

確実に言えるのは……

ランダム化比較試験による社会実験で、特定の状況下での医療や疾病制御のための援助は有効性が示せる(バナジー&デュフロ『貧乏人の経済学』)。

事実、低所得国の政府の医療支出の半分は外部からの援助によっている。急に減らすとマズイ。

 

■グローバル企業

食品産業:炭酸飲料とファストフードの消費増加が肥満を促進しているというエビデンスがある。2002〜2012年で全世界の包装食品の売上高は92%増加し、低〜中所得の国で急激に売上を伸ばしている。

マーモットら著のレビュー論文:https://www.wcrf.org/sites/default/files/Second-Expert-Report.pdf

要約の日本語訳:https://www.wcrf.org/sites/default/files/SER-SUMMARY-%28Japanese%29.pdf

 

豊かな国においては加工食品を「健康的に」する圧力が存在するが、豊かでない国では弱いか無い。

 

肥満に対して何ができるか?

  • 国際的食品産業の活動制限:健康への重大な影響をエビデンスを用いて明らかにすると牽制できるかも。
  • 肥満防止因子を強化する:教育レベルアップ、「地位」による社会的勾配の緩和

タバコにおいてはグローバルな対策がすでに打たれている。タバコ規制枠組条約をもとに、価格設定、広告の禁止、公共の場での制限、パッケージ警告。

同じように、食品についてもグローバルな行動が必要だ。

 

感想

#小西 SDHを経済という大きい視点で考えられたところがよい章だった。実践に落とし込めるかというと微妙だなあ。タバコと同じように、食品を規制するのはかなり難しそう。

#天久 振り返りが多くて、あまり知見の深まりはなかったかなー。この世界で公正に“生きる”というタイトル、微妙じゃないかしら。

#東 日本って何で健康意識高いんだろうなー。「カロリーオフ」が商品の魅力だったりするし、若い女性は肥満より痩せすぎが問題。教育水準が高いおかげ?