沖縄のアルコール問題

沖縄フィールドワーク事前学習、3人目は東です。「沖縄けんこう21」の資料を見ていて気になった「働き盛りの/肝疾患死亡/自殺」の多さについて、アルコール問題という側面から調べてみました。

 

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 (左上に注目)

 

 沖縄の飲酒特性

ご存知のように泡盛が伝統的にたくさん飲まれています。アルコール度数は30度で、1合飲むと純アルコール45gを摂取したことになります。

沖縄県民は、飲酒頻度は全国平均より少ないですが、一回の飲酒で摂るアルコール量が極端に多くなっています。多量飲酒(純アルコール100g以上)を習慣的にする割合が、男性で30%(全国平均1.7%)、女性で13%(全国平均0.3%)です。これは酩酊期・泥酔期水準の飲酒量です。

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アルコール依存症スクリーニングテストであるAUDITを取るとこのようになり、「アルコールに寛容な社会」「飲酒文化」として放置してよいレベルであるか、かなり疑わしいと思われます。実際、国の「アルコール健康障害対策基本法」が2014年に施行され、県も適性飲酒啓発活動を行ったり若年者への飲酒教育を行ったりしています。このデータ自体県の調査で得られたもので、「問題の見える化」と言えるでしょう。

 

 『アルコールとうつ・自殺』(松本俊彦)

アルコールと肝疾患の因果関係はよく知られていると思います。自分は加えて「うつ」「自殺」の問題を公衆衛生上の問題として指摘したいと思います。

一般に、男性は女性の2倍自殺を行いやすく、世代でみると中高年の自殺率が全世代の中で際立っています。これはどこの社会でもだいたい同じような傾向を示すようです。

このトレンドをアルコール使用障害という切り口から見るとどうなるか。精神科医の松本俊彦さんがまとめたところ:

  • アルコール使用障害はうつ病と並ぶ自殺の危険因子であり、自殺のリスクを60-120倍高める。生涯自殺率は7-15%。
  • 多くの国や地域でアルコール消費量と男性の自殺死亡率が正の相関を示す。また、政策の変化でアルコール規制を行うとその前後で男性の自殺死亡率が低下した(ロシアおよびスウェーデンでの自然実験)。
  • 国内の調査では自殺死亡者の21%が死亡の過去1年にアルコール関連問題が見られ、80%がアルコール使用障害に該当。しかし、うつで内科や精神科にかかっていても、それが飲酒の問題だと医療者に認識されてなかった。

よって、これまでの「うつ」をターゲットにした自殺予防では片手落ちであり、これからの自殺対策はアルコール問題を積極的に発見して対処して行く必要がある、と結論づけています。

 

どうしてアルコールは自殺率を高めるか?

自殺予防学によるといくつかの要因が複合してアルコール多飲により自殺率が高まります。

①心理社会的状況の悪化

アルコール関連問題により、失職、逮捕、離婚、絶縁。

精神障害の誘発・悪化

エタノールにはセロトニン作動性神経細胞に対する毒性がある。(Halliday,Baler, &Harper,1995)

飲酒習慣でチトクローム酵素が誘導され、向精神薬代謝を早める。

③自殺に直接結びつく薬理的影響

抑制機能の低下、衝動的行動:希死念慮から遂行までのタイムラグが消滅する

 

もちろん上記は「飲酒→心理社会的状況の悪化」の因果経路にフォーカスしたものであり、「心理社会的状況が悪いから飲酒頻度が増える」という因果経路も当然認められると思います。というか、この種の問題は一般的に、単線的因果ではなく、悪循環モデルで考えるべきです。一応注意しておきます。 

 

私たち医療者はアルコール問題を前に何ができるでしょうか?

まず個人レベル:診察室・病室では、プライマリケアとして、AUDITやCAGEでスクリーニングを行うこと、例えばちょっとテストをやってみて「あなたはこの辺り」と示しつつ飲酒教育を行うこと、そして、中程度リスクであれば本人や家族への簡易介入*1、依存症水準であれば専門施設の紹介をすることが必要だと思われます。ただし、アルコール依存症は「否認の病」とも言われるため、単純な善意や熱意ではなんともならないということはよく承知して、何が結果的にその人のためになるか・どこまで譲歩できるかを意識することが大事だと思います。

次に、地域レベルでは、院内・院外でのアルコール問題の啓発、将来的には……ロビー活動で酒類広告規制・販売制限の申し立てをすることなどが挙げられると思います。タバコ規制が短期間でこれだけ進んでいるわけですから、意外と近い未来に飲酒問題は軽減しているかもしれませんね。また、患者団体・自助グループに対する支援・協力ができるとよいと思います。特に、自助グループは依存症回復の三本柱:「通院」「抗酒剤」「自助グループ」の一つであるため、病院として組織的なつながりを持っておくといいような気がします。

 

沖縄は前述のようにアルコール問題が深刻であり医療機関も自覚的な取り組みを行っています。特に、沖縄協同病院は先進的な取り組みをしているようなので要チェックです。

iryou.chunichi.co.jp 

 

参考文献

沖縄県適性飲酒推進事業報告書

http://www.kenko-okinawa21.jp/090-docs/2016062700022/files/h27tekiseiinnsyugaiyou.pdf

簡易版アルコール白書 

http://www.j-arukanren.com/file/al-hakusyo.pdf

 『アルコールとうつ・自殺』(松本俊彦)

https://www.amazon.co.jp/アルコールとうつ・自殺――「死のトライアングル」を防ぐために-岩波ブックレット-松本-俊彦/dp/4002708977

危険・有害な飲酒への簡易介入マニュアル(WHO作成、沖縄協同病院小松Drが監訳してます)

http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/67210/3/WHO_MSD_MSB_01.6b_jpn.pdf

 

*1:通常は1回あたり15~30分程度で2~3回実施が推奨されており

FRAMES:

Feedback(スクリーニングテスト結果を還元する)

Responsibility(飲む、飲まないは介入を受ける人の自由であることを強調する)

Advice(飲酒を続ければ将来どのような被害が起こり、飲酒量を減らしたり止めたりすればどのような危険を回避できるかに関する助言する)

Menu(飲酒量を減らしたり止めたりするための代替方法の提示する)

Empathy(暖かい理解と共感を示す)

Self-efficacy(飲酒を減らしたり止めたりすることの自信を高められるようにする)

といった要素を含めた話し合いを行います。