健康格差 第2章

担当:天久

章タイトル「誰の責任なのか?」

 

◼︎健康の秘訣10か条

1999年 イングランド医務長官が公表したリスト(p51-52)に対して、ブリストル大学デビッド・ゴードンのグループが編集したリスト。

 例えば、

 「貧困地域に住むな。住んでいるなら、できるだけ早く引っ越ししよう」とか

 「酒、タバコは減らそう、やめよう」とか

しかし……このようなリストを知ったところで行動を変えられる人がいるのか?

健康に害だと分かっていても、実行できるかは別の問題。個人的責任(自己責任)をとる能力は社会環境によって形作られ、自身でコントロールできない事柄について責任をとるのは不可能である。*1

 

◼︎「原因の原因」*2*3

例1)酒:ゴナール「アルコールの価格をあげれば消費量が減る」に対し、IEA(自由市場派の経済問題研究所)「規制よりも自由市場メカニズムに任せた方がいい結果」と主張。ゴやマを「健康ファシスト」と呼ぶ。

→「原因の原因」に取組もうとすると政治的見解と既得権益が議論を捻じ曲げることがある。結論の科学的正確性について建設的な批判をするのではなく、最初から嘘つきのレッテルを貼ることで、病気の予防は誰の責任なのか考えなくさせる煙幕をはる。個人へ責任をすり替える意図がある。

 

選択の科学

① 合理的選択理論*4:経済学者ゲーリー・ベッカー

行動にかかる費用と便益を比較して満足度による合理的選択を行う。ただし人々は将来よりも現在を重視する。現在重視率は人によって違う。

②心理学者&ノーベル経済学賞受賞ダニエル・カーネマン

記憶や提示される方法、数々の偏見等によって選択に影響して、人は不合理的な選択をする。

『なぜ仏よりも米に肥満の人が多いのか?肥満を選択する米人がますます増えているからだというのではまったく説得力がない』(p62)合理的に肥満を選んだと個人的には①だと解釈できても、マクロ視点において説明しきれない。

 

◼︎個人とコミュニティの「エンパワーメント」*5

※エンパワーメント…『自ら評価する人生を送る自由を持つこと』 byアマルティア・セン

一見、個人的責任とエンパワーメントは矛盾しないようだが、とある社会における人々の行動にパターンが見出せる。

 

 例2) 社会的地位が低い人ほど喫煙などの非行に傾倒する。

『貧困と不平等は、人の力を徹底的に奪う。自分の人生をほとんどコントロールできない人々は、自分には健康的な選択ができるとは感じない。』(p65)=エンパワーメントへ影響

 

・アルコール

例3)ソ連崩壊後のロシア:1990年から10年間に400万人の死亡者が推定され、大量のアルコール消費が原因の1つ。

→アルコール消費の集団的パターン①価格、②入手しやすさ、③文化的な影響(飲酒の仕方)  

マは個人的決定要因も注意すべき点ではあるが、社会的決定要因を変えるには社会的行動が必要であることを訴えている。

 

◼︎誰の責任なのか?

例4)マが英国王立内科医協会のディナー後、ドレスコード姿で自転車にのって帰宅、転倒し救急車を呼んだ時。救急隊員が転倒の原因を酔っぱらったことと思った(そして遺憾の意)。

 

Q.泥酔と帰宅手段が原因でのケガであれば、治療は自己責任なのか?支払能力が無ければ治療しないのか?

糖尿病の治療費を自己負担させよう!と主張する人が期待していることは以下の三つであるが、それぞれ問題がある。

①抑止力 …抑止力の効果について、科学的根拠なし。

②処罰 …道徳的に認められない。医療を必要とする全ての人に治療を届けることを大原則とする窓口負担無料の医療制度に反する。

③経費節約 …低所得であるほど糖尿病の有病率は高い。また、納税額は豊かな人の方が多い。この2つから、自己負担額を増やすことは、税金を貧しい人から豊かな人へ移転することになり、公平に反する再分配となる。(そもそも生活保証制度は再分配を目的とする。様々な不運により生じた不利を埋めるための制度。)

 

健康にとって決定的に重要なことは、個人的責任に終始せず、自分の人生をコントロールできるエンパワーメントを持てる社会であるかどうか。

 

◼︎不健康なのは医療が利用できないからではないか?

医療に直結しないことでも、医療の受けやすさに関わる。所得、教育、住居など。交通、教育、社会的保護、環境、外交、海外開発など。

 

米人と英人の健康を比較 

英国より米国の方がGDPからみて医療費が多いのに関わらず、①健康保険に加入している米人の中で健康の社会的勾配があり、所得と教育に比例する。②米人は英人より病気がち。

→教訓1)医療の提供は、社会的決定要因と相互作用。

 教訓2)医療の提供が、アクセスの不公平によって悪影響させてはならない。

 

◼︎保険医療従事者がSDHにできること

公衆衛生のほとんどが生活習慣に焦点が当てられている。食べ物の選択肢、運動の条件、喫煙の選択、アルコールの飲み方等は前述のとおり、そのエンパワーメントが奪われる社会環境がある。

            ⇓

アプローチ①『健康的な選択肢を実行しやすい選択肢にする』(p78) 

アプローチ②人々がエンパワーメントを得られるよう対策する

 

☆担当疑問:エンパワーメントが得られる対策ってなんだろうか? 

#東 自分は精神科に興味があるので、精神疾患を持つひとのエンパワについて言うと……、まずはアクセス改善。精神疾患を持つ人の2/3は精神科を受診していないと言われている。薬物療法心理療法のほか、その場で必要があれば自立支援や自助グループにつないだり(物質的、心理社会的エンパワ)。政治的な面だと、当事者運動に棹差したい。ここ10年くらいで発達障害支援の法整備がなされたが、まさに当事者とその親と支援者が団結したことによって充実してきたので。直近のニュースだと、薬物依存症の自助グループから始まった「依存症には罰より治療を」のキャンペーンが政府まで到達して、大きく変わっていきそう。

 

#谷川 心理社会的な側面は、教育などでSDHの理解の深まりがあると手がつけやすいところだと思う。物質的が難しいかも。乳幼児期への公的な支援を充実させれば、物質的な部分(所得の不利とか)も解決していくんじゃないかなあ。

 

#天久 物質的、特に食と住の困りが他に波及する。日本は住宅政策が遅れているのではないか。北欧では結構な住宅補助がつく。日本は住むことに家計の三分の一とかつかう。一軒家政策の影響? 公営住宅を拡充するとか訴えやすいところかも。

*1:社会的勾配の位置により「基準点」をもうける案

#東 最近読んでいる本で、不健康行動の責任について「あり」と「なし」の中間的な案が書いてあった。発想としては、「貧困層なら貧困層の中央値である2パックイヤーまで、富裕層なら富裕層の0.5パックイヤーまでなら責任問わない。それ以上吸っているなら吸っている分だけ責任を取ってもらう。例えば治療費の自己負担やタバコ価格の上昇によって」という感じ。どう思う?

#谷川 割と納得できる。ただ、基準点の設定が恣意的になって貧困層に不利になるようであれば反対。

*2:アルコールやタバコなどの依存物質の価格を上げることは健康格差を広げないか?

#谷川 タバコ価格を上げて喫煙を控えるのは中間層、という話を聞いたことがある。貧困層のニコチン依存症レベルの人はタバコをやめられず、出て行くお金が増えて、余計に貧困にならないか。

#天久 アルコールと同様、おしなべていうと消費量が下がるとは言えると思うが……。

#東 マーモット流にエビデンスが必要なところだと思う。

*3:飲む権利、吸う権利

#東: 公衆衛生における倫理的な問題として、タバコと同様、アルコールが社会的に有害であるとなったら規制していいのかしら。特に日本人はアルデヒド分解能力が低くて発がんリスク高いし。そうなると、飲みたい人の飲む権利を侵害することなる?

*4:

#谷川 今の優先はそうだなーと。

#天久 野菜高いし、未来の健康のためには食べないよねー。

#東 わかりにくかった…。事実は②なのだから、「本人の選択なんだからいいだろ」(自由主義者)と必ずしも言えない、ということ?

*5:エンパワーメントの理解

#天久 大学で習ったときは、「その人の持っている力(お金持っている、健康である、家がある、人間関係を持っている、など)」のこと。自己決定のためのエンパワされてないため、自己決定できないケース。エンパワするとは、選択肢を増やすこと? 自由は増える。